ビットコイナーという言葉をどう定義するか―集合として整理してみる話
- Daniel Tanaka
- 2025年11月21日
- 読了時間: 4分
更新日:2025年11月22日
「ビットコイナー」という言葉、実は人によって意味がバラバラです。
ビットコインさえ持っていればビットコイナー
ビットコインの「文化」を理解し、実践している人だけがビットコイナー
そもそも定義なんてできない、という立場
などなど。
でも、日常的にこの言葉を使う以上、できるだけ論理的な破綻が少ない定義のほうが、コミュニケーションには便利だと僕は考えています。
ここでは、あえて「集合」で整理してみます。
「文化を理解・実践する人」をビットコイナーと定義した場合
まず、よくある定義として
ビットコイナー = ビットコイン文化を理解し、実践している人
とします。
そして別軸として、
ビットコインを持っている人
ビットコインを持っていない人
という区分も用意します。
すると、以下のようなベン図になります。

左の円:ビットコイナー(文化を理解し実践する人)
右の円:ビットコイン保有者
真ん中:ビットコイナーでありビットコイン保有者
左だけ:ビットコインは持っていないけれど、文化を理解し実践している人
右だけ:ビットコインは持っているけれど、文化を理解・実践していない人
それ以外:ビットコインを持っていない人
ここで左だけのビットコインは持っていないけれど、文化を理解し実践している人の箇所が矛盾します。
思想で明確な区分をすることは実質的に不可能ですから、ビットコイン文化への理解度をもとに集合を構築するのは実質的に不可能であり、区分として成立しないでしょう。
「ビットコインを持っている人」をビットコイナーと定義した場合
そこで、発想を少し変えてみます。
ビットコイナー = ビットコインを持っている人
と定義します。
そのうえで、ビットコイン文化を理解し、強く実践する人たち(例:ビットコイン・マキシマリスト)は、「ビットコイナーの部分集合」として扱います。

大きな円:ビットコイナー(= ビットコイン保有者)
その中の小さな円:ビットコイン・マキシマリスト(文化を徹底的に実践する人たち)
円の外側:ビットコインを持たない人
この区分では矛盾は発生せずとてもわかりやすいです。
ビットコインを持っていないビットコイナー
ビットコインを持っているのにビットコイナーではない人
といった、日常語として直感に反するケースが発生しません。
つまり、
「ビットコイナーかどうか」は保有の有無で機械的に決まる
その中で「どれだけ文化を理解・実践しているか」は、 マキシマリストなど別のラベルで表現する
という2段階構造にすることで、分類としての「ビットコイナー」がすっきりします。
なぜこのほうがコミュニケーション上扱いやすいのか
私が言いたいのは、
「ビットコイナー」という言葉を、価値判断を含んだ称号として使うと、途端に集合としての整理がややこしくなる
ということです。
「ビットコイン文化を十分に理解・実践していないヤツはビットコイナーじゃない」
「定義なんてコンセンサス取れないから意味ない」
といったスタンスは、裏を返すと「自分たちだけが特別な存在でありたい」という欲求にも見えます。
一方で、「ビットコイナー = ビットコインを持っている人」
とシンプルに決めてしまえば、
どこまで理解しているか
どこまで実践しているか
は、その中でのグラデーションとして冷静に議論できます。
これは「相互コミュニケーションに必要な誤謬の少ない区分」として、かなり扱いやすいと感じています。
最後に
ここで書いたのは、あくまで私なりの整理です。
論理的に見落としや前提の誤解があれば、関係者各位に全力で土下座します。
ただ少なくとも現時点では、
「ビットコイナー = ビットコイン保有者」
その部分集合として「マキシマリスト」や「文化を強く実践する層」がある
という定義のほうが、「ビットコイナー」という言葉を日常会話や議論で使う上では、余計な混乱が少ないのではないかと考えます。


