ビットコイン古参ほど「ビットコインの価値」を誤解しやすいという逆説
- 2025年11月19日
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ビットコインが好きであればあるほど、ビットコインが「特別な何か」だと考えてしまう。僕はここに、ひとつの逆説があると思っています。
ビットコインに人生を捧げている古参ほど、じつは「なぜビットコインに価値を感じるのか」をうまく説明できていないのではないか?
なぜなら、多くのビットコイン信奉者は 「ビットコインありき」 で世界を見てしまうからです。
最初にビットコインありきで論理を組み立てると、
ビットコインだけが特別
他のものは代替不可能な意味では価値がない
という結論にどうしても寄っていってしまいます。
しかし進化適応の視点から見ると、 「人類はビットコインだけに特別な価値を感じるように進化した」 と考えるのは、かなり不自然です。
むしろ、
もともと人類の脳には「ある種のもの」に価値を感じる回路があって、ビットコインがその回路に「うまくハマった」から僕らはビットコインに価値を感じている
と考える方が自然です。
そうだとすれば、ビットコイン以外のものがその回路にハマる余地は十分にあるはずです。
にもかかわらず「ビットコイン以外には価値(価格ではなく、意味としての価値)があり得ない」と断言してしまう時点で、その人は
なぜ人類がビットコインに価値を感じるのか
価値を感じる回路が何に反応しているのか
をまだ言語化しきれていない可能性があります。
だからこそ、ビットコインの価値の源泉について統一見解が生まれず、人によって説明がバラバラになるのでしょう。
動物にはどうでもいいものに、人類だけが価値を感じる不思議
もし「人類の脳内に、虚構の価値に反応する回路がもともと備わっている」と仮定するなら、次にやるべきことはシンプルです。
動物から見ればどうでもよさそうなのに、人間だけが強い価値を感じているものを大量に集めて、そこから共通項を帰納的に抜き出す
これが、「ビットコインの価値の源泉」を探る一番まっとうな方法だと思います。
例えば、そうですね、こんな問いを立ててみるのはどうでしょうか:
ポケモンのぬいぐるみやフィギュアはもともとデジタルなキャラクターなのに、なぜ現実世界の人形として大量に売れるのか。なぜ巨大なフィギュアをポケモンセンターに置くと、人はそこで写真を撮りたくなるのか。
ヤップ島の石貨なぜ「古い石貨」の方が価値があるとされるのか。
祖母から受け継いだジュエリーが店頭で売っている同じデザインのジュエリーより特別だと感じるのはなぜか。
なぜモナリザは、ルーブル美術館の特等席で展示されるのか。
なぜ世界中どこにでも「権力者の巨大な墓」があり、それが遺跡として保護され続けるのか。
これらは、どれも動物的な生存の観点から見れば、ほとんど役に立たないモノばかりです。それでも人類は、そこに強い「価値」を感じています。だからこそ遺跡を保存し美術館をつくり教育を通して後世に人類の努力の軌跡を見せています。
ここにこそ、僕のいう「虚構価値」の回路が現れています。
虚構価値がわかった後は、市場とエントロピーの話になる
いったん、
「人類は虚構の価値を感じる存在である」
という前提を受け入れてしまえば、あとはかなりドライな話になります。
どの虚構がどれだけ人を惹きつけるか
その虚構をまとうアーティファクトを維持・増殖するための限界費用はいくらか
時間とともに劣化・紛失・破壊されるというエントロピーに、どれぐらい耐性があるか
こうした条件によって、虚構価値を帯びた財が、市場という流動性プールの中でどのポジションを占めるかが決まっていきます。
ビットコインも、その巨大な流動性プールの中に浮かぶ「虚構価値を帯びたアーティファクト」のひとつにすぎません。
ただし、その構造(希少性・検証可能性・検閲耐性・ネットワーク効果など)が、他の多くのアーティファクトと比べて
エントロピーに強く
限界費用がきわめて低く
グローバルな流動性ネットワークと相性が良い
という意味で、非常に優位なポジションを獲得しつつある、というだけです。
ビットコインを特別にしたいなら、まず「特別さの一般論」から
だからこそ、ビットコイン好きが本当にやるべきことは、
「ビットコインだけが特別だ」と信じ込むことではなく、「人類が虚構価値を感じるメカニズム」を徹底的に一般化して理解すること
だと思っています。
その一般論のなかにビットコインを位置づけたとき、はじめて
なぜ人はビットコインにここまで惹きつけられるのか
なぜ他のコインやNFTやフィアットとは違う振る舞いを見せるのか
それでもなおビットコイン以外の虚構にも価値が生まれ得るのか
を、落ち着いて説明できるようになるはずです。


