半減期サイクルは死んだ
- Daniel Tanaka
- Sep 21
- 5 min read
「半減期の後は上がる」は本当ですか?
一見すると説得力のあるサイクル理論に見えますが、データを丁寧に重ねると、価格の主因は供給ショックよりもマクロ流動性(M2)やドル指数(DXY)、そして株式市場のリスクオン/オフにあると結論づけるほうが自然だと考えます。
1) グローバルM2とBTC:ドルが増えるとBTCは上昇する
世界の主要中銀のグローバルM2とビットコインを並べると、M2拡大局面とBTC上昇の時期が重なりやすいことが歴史的に観察できます。グローバルM2とビットコイン価格の比較でもなんとなく相関が見て取れますが、特に前年比(YoY)変化でみると輪郭が輪郭がより明瞭になります。
ビットコイン価格の急上昇の時期とグローバルM2の増加期はほぼ重なる。
2) DXYとBTC:逆相関の“見えやすさ”
DXY(ドル指数)が弱い=ドル安の局面では、相対的にBTCを含むリスク資産に資金が回りやすいです。DXYとBTCを同時に表示したチャートでも、この“逆相関”が見て取れます。DXYが急落するとBTCは上昇し、DXYが急騰するとBTCは下落しています。
要するに、ドル安になると、BTCは「上がる環境」になりやすい。
3) 株式との相関:リスク資産の一員としてのBTC
S&P500とBTCの価格変動の前年比(YoY)を重ねると、サイクル局面で同調する時期が目立ちます。BTCは“株式に対するオルタナのデジタル資産”でありつつも、市場全体のリスクファクターに晒される存在です。長期ではBTCの上昇率が突出しやすい一方、株式との連動は常に無視できない水準にあります。
株高をもたらすマクロ環境では、BTCも上がりやすい。
4) どんどんデフレに近づくビットコイン
半減期は供給の伸び率を半分にする設計ですが、現行の新規発行は約450 BTC/日となっていて、日次で動くスポット・先物の出来高に比べればとても小さな金額となっています。
新規発行は今後も続くためビットコイン自体は今なおインフレ貨幣ですが、インフレ率は急速に低下し、長い時間軸では実質的にデフレ貨幣に近づいていきます。実際にゼロ、あるいは実質マイナスに近づくまでには年月が必要です。(ロストしたビットコインが増えていけばデフレ貨幣に早く近づきます)
ビットコインは、今までは急速にインフレ、これからはゆっくりデフレ。
5) 「ストック・トゥ・フロー(S2F)」が鳴りを潜めた理由
S2Fは希少性単体で価格を説明しようとするため、需要サイドやマクロ環境(流動性・金利・ドル・規制・制度フローなど)を取り込めない構造的な限界があります。実際モデル値と実際の価格が大きく乖離したことで、適合性と予測力への信頼が低下しました。今ではS2FをXのTLでは見かけません。
さらに、半減期への期待→先回りの買い→上昇→モデル強化という“予言の自己実現”に依存しやすい構造も批判されています。短期的な底値ディスカバリーには影響を及ぼした可能性がありますが、持続的な価格形成を説明する十分条件とは言いがたいです。
ビットコインの供給サイドの情報だけでは価格を予想できない。
6) 偶然の一致が、やがて物語になった可能性
「半減期の後は上がる」という物語は、2012〜2017年の小さな市場で“たまたま”当てはまったパターンが、2020年以降に信念として共有され、期待 → フロントラン → 上昇 → 物語強化という自己実現の循環を生んだ面があります。
ただし、背後では一貫してM2・ドル・金利・株式といったマクロ潮流が価格形成に強く影響してきました。Cycle Low Multipleを見ても、天井時期の一致は薄く、天井形状もバラバラで、長期的には右肩上がりのトレンド上で“急騰→急落”が繰り返されているだけにも見えます。
それっぽく見えても過去のパターンは未来の予測には使えない。
7) アクティブアドレス減少×価格上昇:機関投資家相場への転換シグナル
かつてはアクティブアドレスの急増は天井サインになりやすい傾向がありましたが、近年では様相が異なります。ETFの台頭や大口カストディの集約の影響とみられ、アクティブアドレス自体が減少しているのに価格が上昇している局面が続いています。
新規アドレス数も減少傾向にあり、従来の「オンチェーン活動=需要」という単純な読み替えは通用しにくくなっています。
背景として、
(1) ETFや託管口座での保有の“箱詰め”によりオンチェーンのアドレス数が増えにくいこと、
(2) 取引所・カストディ間の内部振替やバッチ処理で可視的トランザクションが抑制されていること、
(3) 一部のBTCがWrapped BTC(WBTCやcbBTCなど)として他チェーンへ移り、ビットコインL1上の活動指標を相対的に押し下げている可能性があること、
が挙げられます。
結果として、見かけの活動は弱くてもETF経由のフローが価格を支えやすい構造になっています。
また、機関投資家は半減期サイクルではなくマクロ環境に基づいて配分していると考えます。ビットコインは基本的に利回りを生まない資産で(Babylon などの特殊な仕組みを除けば)ステーキング報酬が前提ではありません。それでも買われるのは、ドルの実質価値低下に備える“ヘッジ”としての需要があるからであり、価格上昇の主因を半減期に帰すのは適切ではないという見立てが妥当だと思います。
ビットコインはドル下落へのヘッジ。
結論
ビットコインの価格は「半減期サイクル」という単純な歯車で動いているわけではありません。主役はグローバルM2・DXY・金利・株式地合いといった流動性ドライバーであり、半減は長期のインフレ率を低下させる背景設定に過ぎないと捉えるのが実務的に整合があると考えます。幻の半減期サイクルも終盤に近付いてきていることから、ナラティブに寄りかからずデータで地合いを読む姿勢を維持することが重要だと考えます。
各国のM2は長期的に拡大してきた実績があり、構造的にも増加基調が続くとみるのが妥当です。したがって、景気拡大期は金余りで上がりやすく、不景気期も政策対応やインフレ・スタグフレーション懸念で再評価されやすいため、長期視点では「常にホドル」が最適解になり得えます。
ただし短中期ではQT・金利上昇・規制・信用収縮などで大きなドローダウンが起こり得ますので、現金比率・リバランス・DCA・想定外下落への耐性をセットで設計しておくことが現実的な対応策となるでしょう。


